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世界初の「陶板名画美術館」と共に歩んだ時間。【大塚国際美術館】

総務部長という職でありながら、美術館開設プロジェクトの一員に。

名勝「鳴門の渦潮」を望む大鳴門橋。そのふもとに位置する瀬戸内海国立公園内に、大塚国際美術館がある。展示されているのは、古代壁画から世界26か国190余の美術館が所蔵する西洋名画1000余点の複製陶板画。世界初の陶板名画美術館である。ゴッホやダ・ヴィンチ、ピカソ、ムンクなど、誰もが知っている画家の作品だけでなく、空間そのものを再現した立体展示も秀逸だ。中でも圧巻は、ヴァティカン・システィーナ礼拝堂の天井画や壁画が再現された「システィーナ・ホール」。その厳かな空気感までをも体感できる。この美術館は大塚グループ創立75周年記念事業によるもので、美術館開設プロジェクト発足当時からメンバーの一人に任命されたのが、桃山学院大学 経済学部の卒業生・田中秋筰。当時の役職は大塚製薬工場の総務部長。入社して20年が経とうとしていた頃のことだった。「美術とはまったく無縁の、いわば素人でした」と田中は語る。先が見えない不安に押し潰されそうな中、一大プロジェクトはスタートした。

苦境を切り抜けさせたのは、大学時代の「人間改革」。

大塚正士社長(当時)の「会社が誕生した地に恩返しをしたい」という思いから、美術館の場所は鳴門市に。だが、国立自然公園内に建設するための許認可に数年を費やした。さらにその後には名画版権の許可申請に世界を奔走する日々が待っていた。田中はイギリスやアメリカで長期滞在し、美術館巡りに明け暮れた。展示作品として選んだのは、各国の至宝ともいうべき名画ばかり。名画を所蔵する美術館や作家関係者からも許可を得る必要があった。陶板による名画の原寸大複製という、他に類を見ない試みへの賛同を得るのは、簡単なことではなかった。
困難に立ち向かう彼の強靭な精神を育んだのは、大学時代に所属したウエイトリフティング部での4年間。入部当初、自分より体の大きい経験者の同級生にはかなわず、挫折感を味わったが、信頼を寄せる監督のもとでトレーニングを続けた。そこでは体づくりだけではなく、礼節を重んじる心やマネージングについても教わったという。「体力だけではなく内面的にも成長。心技体のバランスを学び、人間改革ができました」。
1998年3月、大塚国際美術館が開館。感動よりも安心の気持ちが強かった。だが、開館後、「今まで以上の忙しさで頭の中が真っ白になった」という日々が待っていた。初年度の来館者は、実に約30万人。来館者の声を聞きながらの美術館設備の整備、イベントやワークショップの企画など、仕事は山積みだった。開館と同時に田中と美術館の新たな章が始まった。それは今なお続いている。

子どもたちに、世界の名画を間近で観て感じてほしい。

大塚国際美術館では、世界各地に散在している名画を約4kmの鑑賞ルート内で観て回ることができる。その再現力の見事さを物語るエピソードは数知れない。たとえば美術館内のシスティーナ・ホールをその目で見たヴァティカン美術館の館長は「Oh!ナルト・システィーナ!」と感嘆の声をあげたという。「ある海外の美術館関係者からは、『本国にある名画とここで再会したようだ』と言っていただきました」と田中はうれしそうに話した。
大塚国際美術館は、その特色を活かして次世代の子どもたちの教育支援にも力を入れている。「教科書の小さな写真ではなく、原寸大の名画が持つ本来の美術的価値や空気感に触れることで、子どもたちの心にアートの灯がともれば」というのが田中の、そして美術館に携わる人々の想いである。

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美術館がいつしか在るべき場所に。

2018年3月には開館20周年を迎えた。記念事業として、ゴッホの花瓶の『ヒマワリ』全7点を一堂に展示。うち1点はかつて日本にありながら戦禍で焼失し原画が現存しないことから、2014年に追加展示した際、大きな話題となった。「幻の名画を甦らせることも、美術陶板の使命のひとつ」と田中は語る。
美術館と向き合っておよそ25年になる田中だが「今でも美術に関しては素人」だと笑う。だが、かつての美術館開設プロジェクト始動当初の田中とは明らかな違いがある。好きな作家については「ダリとクリムト」と即答し、好きな作品を前にすると「ほっとします」という。仕事中にひと息つきたくなると、足が自然にシスティーナ・ホールに向かう。かつて「嫌でしょうがなかった」という思いで向き合い続けた美術館。いまや、田中にとって、自身が在るべき場所のひとつになった。

【大塚国際美術館・陶板名画とは】
大塚国際美術館の展示品は、古代壁画や世界26か国の美術館が所蔵する西洋名画1000余点を原寸大で再現した陶板画。薄く、強度をもった陶器の大きな板に、名画の写真に基づいて作成された転写紙を転写し、焼きあげられたもの。油絵具の凹凸をはじめ、作者独自の筆遣いを職人が手仕事で加筆して仕上げることにより、精巧な複製画として完成する。年数を経ても美しい色彩そのままの陶板画は、名画のアーカイブとしての存在意義も高い。

(※この内容は2018年9月取材時のものです)


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